思い返せば、甲斐は互いの想いを伝え合ったあの日も、嬉しいと言って涙を流してくれた。
甲斐は本当に素直だ。
いつだって自分の気持ちに正直で、私に真っ直ぐ向かって来てくれる。
そんな甲斐を傍で見ている内に、學phonics 私も正直でいたいと思えるようになったのだ。
「旨っ!この木耳のやつ、凄い旨い!」
「本当?良かった。味付け、本当に適当なんだけどね」
「このローストビーフも、よく作る時間あったな」
「ネットに時短レシピ載ってたから、真似して作ってみたの。表面をがっちり焼いてからアルミホイルで肉を閉じ込めるんだって」
甲斐は私の説明を聞きながら、次々と料理に箸を伸ばしていく。
甲斐の食べっぷりは豪快で、本当に美味しそうに食べてくれるから見ていて飽きない。
ついつい赤ワインも進んでしまう。
話も弾み、私はずっと笑っていた。
気を抜けば、うっかり「幸せだ」と口にしてしまいそうなくらい、心は満たされていた。
「七瀬、今日は俺のリクエスト聞いてくれてありがとな。仕事の後に、こんなに沢山旨い飯作ってくれて……本当に感謝してるよ」
ストレートに感謝されることにまだあまり慣れていない私は、どう返せばいいかわからず口ごもってしまった。
「そ、そうだ!デザートのプリン食べちゃおっか!持ってくるね」
照れている姿を見られないように、小走りでキッチンに駆け寄った私を、甲斐の声が制した。
「待って、プリンは明日にしよ」
「え?」
「今日はイブなんだから、デザートといえばケーキだろ」
そう言って甲斐はニヤリと笑い、玄関の方から箱に入れられたケーキを持ってきた。
「え、ケーキ?どうして……」
本当は誕生日のケーキも用意しようとしていたけれど、ケーキはいらないと甲斐に言われていたから、帰りに寄ったスーパーで二人分のプリンを買ったのだ。
「クリスマスケーキ、実は用意してたんだ。別にサプライズにする必要ないかと思ったんだけど、やっぱ七瀬の喜ぶ顔見たくて」
甲斐が開けた箱の中には、私が大好きな苺がふんだんに使われた生クリームたっぷりのホールケーキが入っていた。
私は喜びのあまり、満面の笑みを浮かべ年甲斐もなくはしゃいでしまった。
「甲斐ありがとう!クリスマスにホールケーキなんて、初めてだよ!凄い美味しそう!ねぇ、早速切り分けちゃってもいい?あ!その前に写真撮らなくちゃ!」
しかも甲斐が用意してくれたクリスマスケーキは、私が一番好きなお店のものだった。
確か付き合う前に一度だけ、甲斐にこのケーキ屋が好きだと話したことがある。
甲斐は、そんな些細なことでもちゃんと覚えていてくれたのだ。「見て、この顔」
「あ!ちょっと、何でケーキじゃなくて私の顔撮ってんのよ。バカ、消して」
「せっかく撮ったのに消すわけないだろ」
甲斐のスマホには、なぜかケーキではなくアホ面でケーキの写真を撮っている私が映っている。
「それ私、凄い変な顔してる」
「え?変じゃないって。可愛いじゃん」
「……」
甲斐は当たり前のように、アホ面の私を可愛いと言う。
可愛いと言われる度にいちいち照れてしまう自分が嫌だ。
「もずくにも買ってあるんだ。犬用のクリスマスケーキ」
「わぁ!もずく良かったね!」
「キャンッ!」
二人と一匹で仲良くケーキを堪能した後、私は甲斐に誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを渡した。
スニーカーもマフラーも、予想通り甲斐は自分の好みのものだと言って凄く喜んでくれた。
「ありがと。ずっと大切に使うよ」
甲斐の喜ぶ顔を見れただけで大満足だったのに、甲斐はちゃんと私にもクリスマスプレゼントを用意してくれていた。
あげることばかり考えていたからか、自分も貰えるのだということをすっかり忘れていた。
「わぁ……ネックレスだ」
「貸して、つけてあげる」
立ち上がった甲斐は、私の背後に回り、ハートの形が輝くネックレスを首につけてくれた。何歳になっても、アクセサリーのプレゼントを貰うのはやっぱり嬉しい。
首元に感じるシルバーの感触が、私の心をくすぐる。
すると、甲斐は背後から私の体をぎゅっと抱き締めた。
「俺がどうして今夜はここで過ごしたいって言ったかわかる?」
耳元で、甲斐が囁く。
その度に、私の胸は大きく高鳴ってしまうのだ。
「……わかんない……」
「イブの日に七瀬が俺の家にいるって、俺にとっては凄いことなんだよ。……多分俺、六年間ずっとこのときが来るのを待ち望んでたんだと思う」
親友だった六年間。
私の中では、少しの迷いもなく甲斐のことを親友だと言えた六年間だった。
でも、甲斐は違う。
六年間、私のことを恋愛対象として見てくれていた。
「それに」
「あ……」
甲斐の舌が、私の首筋を這う。
いつの間にか甲斐の手は、私の胸元に回っていた。
「家だと、こういうことも出来ちゃうし」
「ちょっと、ダメだよ。まだケーキ……」
「ケーキは後で。今は七瀬が欲しい」
私を熱く真っ直ぐ見つめる、この瞳に弱い。
今すぐ欲しいと思っているのは、私も同じだ。
ダメだと言いながら、本当は抱かれることを望んでいる。私の身体に甘い刺激を与える甲斐に溺れかけた私は、ふと我に返った。
このまま抱かれたい気持ちはあるけれど、今日は仕事の後スーパーから走って家に帰ったからか、少し汗をかいてしまったのだ。
今日はクリスマスイブ。
そして、大好きな人の誕生日。
綺麗な身体を見て欲しい。
触れて欲しい。
忘れられない夜にしたい。
「ま、待って。今日私、凄い汗かいちゃったの」
「だから?別にそんなの気にしないけど」
「私が気になるの!」
いつになく私が抵抗したため、甲斐は私を攻める手を止めた。
「だから……先にシャワー浴びてきてもいい?」
「……わかった。ちょうどさっき七瀬が飯作ってくれてる間に風呂沸かしておいたから、ゆっくり入ってきな」
「本当?ありがとう!」
甲斐は私の身体から手を離し、バスタオルを用意すると言って立ち上がった。
私も今日は泊まるつもりでいたから、バッグから下着や部屋着を取り出す。
下着は、私が持っているものの中で一番状態の良いものを準備してきた。
ネイビーに小さな花柄の下着は、素材が良くレースも付いていて、更に少し色気を増す効果もある。
今更下着に気を遣ったところで甲斐は何とも思わないかもしれないけれど、そこは自己満足でもいいと自分に言い聞かせた。
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